動物の腫瘍のお話(その1)
今回は動物の病気の中で,もっとも怖い病気のひとつと考えられている腫瘍(「がん」と呼ばれることもあります)についてのお話をします.
この頃,腫瘍の治療をする機会が増えてきたように思います.これは動物達の生活環境が悪くなったわけではありません.むしろ逆で,動物達の生活環境は良くなり寿命は延びてきました.寿命が延びてきた原因は,獣医療の進歩にともなって多くの感染症の病気がワクチン接種やフィラリア症の予防薬などで予防できるようになり,フードの改善で栄養学関連の疾患がなくなり,動物病院での飼育指導と定期健康検診の実践が充実してきたためと思われます.動物達の寿命が延びて,動物の世界でも「高齢化」が確実に起こっています.腫瘍という病気は基本的には高齢で起こる病気ですので,「高齢化」が進むことによって腫瘍にかかる動物の数も増える傾向にあります.そして腫瘍の種類も多様化してきています.近頃では,犬や猫においてはシニア世代にあたる8歳以降が腫瘍年齢と言われ始めています.
では,なぜ,どのようにして腫瘍ができるのかを説明しましょう.
人間と同じようにワンちゃん,ネコちゃんも,毎日,体の中で何万,何億という数の細胞が誕生し,同時に同じくらいの細胞が死んでいます.体の中のすべての臓器で日々新しい細胞が作られ,古い細胞と入れ替わることによって生命力のある体を保っています.数多く誕生する細胞の中には正常な細胞とは異なった規格外れの不良品の細胞が紛れて誕生することがあります.
これらの不良細胞が誕生する原因にはいろいろなことが考えられています.
原因のひとつに遺伝子の問題があります.腫瘍に成りやすい遺伝子を元々持っていたり,細胞の形や機能が変わってしまう突然変異による遺伝子の組合せの間違い,遺伝子の一部分に傷が出来たりする場合などです.
また動物の場合,特に猫においては腫瘍の原因のひとつにウイルスの影響が考えられています.「猫白血病ウイルス」や「猫免疫不全ウイルス」(「猫エイズウイルス」と呼ばれているもの)などは,骨髄中の造血細胞(血液を作る基になる細胞)のDNAに悪影響を与えて血液細胞の中に不良細胞を作り血液の悪性腫瘍(リンパ腫や白血病)を引き起こすことが知られています.
人間で問題となる食物中に含まれている保存剤や着色剤などの発癌物質となる可能性のものは,動物において腫瘍の原因と考えられることは少ないと思われます.これらの発癌物質と呼ばれるものは,長年食べ続けることによる蓄積が毒性となり,腫瘍を引き起こすと考えられています.だから,人に比べると寿命の短いワンちゃん,ネコちゃんにおいては,生きている間に問題を引き起こす可能性は非常に低いと考えられています.動物の食事が原因で腫瘍になることはまずないと思われます.
その他にも紫外線や放射線,ある種の化学物質なども腫瘍を引き起こすと考えられています.
不良細胞は正常な細胞と比べるとその細胞の形や機能,増殖能力などが変異していることが多いと考えられています.体内にはこれらの規格外れの不良細胞を見つけて排除する監視機構が存在しています.この監視機構が異常な細胞の増殖を阻止する「安全弁」的な役割を担っています.この監視機構の働きをしているものが「がん抑制遺伝子p53」です.
「がん抑制遺伝子p53」は遺伝子の警察として,細胞のDNAに傷がないかどうかのチェックが終わるまでの間,細胞分裂を一時停止させています.そこで異常が見つかった場合には,その傷が修復されるまで細胞の分裂を停止させます.この時点で修復が完了したものは,その後,正常細胞として分裂を再開します.修復ができなかったものは「アポトーシス」と呼ばれる自然死に導かれ消失します.このようにして,「がん抑制遺伝子p53」は「安全弁」として,不良細胞が増えないように常に監視機構を働かせています.