動物の腫瘍のお話(その1)
しかし,この「安全弁」の監視機構が正常に機能していなかったり,ここを上手くすり抜けた不良細胞が存在したり,監視機構の処理機能以上の数の不良細胞が存在したりする場合は,規格はずれの不良細胞,すなわち腫瘍細胞が無秩序な異常増殖を始めてしまいます.このようにして異常増殖を始めた規格外れの不良細胞の集団が増殖したものが腫瘍となります.
さらに増殖して腫瘍塊となったものは,周囲の組織を破壊しながら拡がったり(浸潤),破壊した血管を介して血液やリンパの流れに乗って他の場所へ移動して増殖したりします(転移).また,正常細胞より分裂速度が早いために,あっという間に大きくなってしまいます.大きくなって始めて,体のどこかに異常や変調をきたして動物病院を受診することとなります.
腫瘍は良性腫瘍と悪性腫瘍の2種類に大別されます.「がん」と呼ばれるものは悪性腫瘍と同じものです.悪性腫瘍は増殖速度が非常に早いためにどんどん大きくなり,浸潤や転移を引き起こして生命を脅かす存在となります.それに比べて,良性腫瘍は大きくなる速度も悪性腫瘍より緩やかで転移を起こすこともありません.良性腫瘍はその発生部位によっては生活の質を低下させることがありますが,生命に危険を及ぼすこともほとんどありません.
良性腫瘍も悪性腫瘍も体のあらゆる場所で発生します.発生した場所によって,それぞれの腫瘍の病名が決まります.腫瘍の治療で大切なことは,最初に,悪性腫瘍なのか,良性腫瘍なのか,をしっかりと見極めることです.そのためには腫瘍塊の一部(時には全部)を採取して病理組織検査をする必要があります.それによって正しい腫瘍の病名が判ります.腫瘍の種類によって治療法も病気の予後も変わってきます.腫瘍を治療する(腫瘍と闘う)にはまず相手を知らなくてはならないのです.
腫瘍は飼主さんがワンちゃん,ネコちゃんの生活環境に注意して,定期的な健康診断を受けていたとしても,「遺伝子のトラブル」で腫瘍ができてしまう可能性もあります.残念ながら,これはどうしようもありません.ある日,突然,あなたの大切なワンちゃん,ネコちゃんが「がん」ですと宣告されたら誰でもビックリしてしまいますよね.おろおろするばかりでどうしたらよいのかわからなくなるかもしれません.そんな時,飼い主さんにできることは….
「がん」と診断されたら飼い主として治療をどうするかを決めなくてはいけません。「がん」の治療にはその進行状況によって、完治をめざす治療と、完治させることは無理でもガンの進行を少しでも遅らせて,残っている時間を快適に過ごさせてあげる(QOL:生活の質の維持)ための治療があります。最後の腫瘍に対する治療法に関して簡単に解説しておきます.それぞれの腫瘍に対して治療の詳細は異なりますが,腫瘍治療は以下の4つに大別できます.
外科手術により腫瘍塊全体を切り取ることによって治癒(完全に治ること)を目指す治療法です.良性腫瘍などは外科切除のみで治癒する場合が多いです.腫瘍の大きさや腫瘍の存在する場所によっては完全に切り取れない場合もあります.
外科的に切り取れない場所の腫瘍(例えば,鼻の腫瘍や脳腫瘍など)などに対して行う治療法です.また,腫瘍の末期の痛みを少なくする緩和療法としても利用されます.しかし獣医療では施設の数が少なく,まだ一般的な治療法とはなっていません.
抗癌剤と呼ばれる薬を使った内科的治療法です.それぞれの腫瘍に対して効果があると考えられる抗癌剤を組み合わせて投与します.おもにリンパ腫や白血病などの血液の悪性腫瘍の治療に利用されます.その他,外科切除後の残存病変に対しての補助治療としても利用されます.抗癌剤とその副作用に関する知識を持っていれば,どこの動物病院でも実施可能な治療法です.
BRM療法:適切な日本語訳がないのですが….「生物学的応答調節療法」とでも訳しておきましょう.生物の持っている免疫力を回復・亢進させて腫瘍細胞を追い払おうとする治療法です.副作用の心配はほとんどありませんが,残念ながら化学療法のような効果が認められることはほんのわずかです.
腫瘍に対する新たな治療として注目されている治療法です.体外で増強した免疫系細胞を体内に戻すことによって,自己免疫力を高め腫瘍細胞をやっつけようとする治療法です.これから数多くの報告がされることで,その効果がわかってくると思われます.
キノコ類に含まれる抗腫瘍効果成分を含んだサプリメントを与えることで,自己免疫力を高め腫瘍の成長速度を遅くしようとする治療法です.副作用はありません.単独療法では効果が低いので,化学療法などと併用することが薦められています。
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