動物の腫瘍のお話(その3)
猫のリンパ腫は造血系(血液系)の悪性腫瘍で猫の腫瘍全体の約1/3を占め,全身のリンパ節,リンパ組織あるいは肝臓や脾臓などの臓器に由来するリンパ球が腫瘍化(腫瘍細胞に変化)して増え,腫瘤(こぶ状の固まり)を作る腫瘍です. 犬のリンパ腫と大きく違うところは,猫のリンパ腫は「猫白血病ウイルス感染症:FeLV」や「猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ):FIV」の感染率が腫瘍発生に深く関わっていることです.「猫白血病ウイルス感染症」が陽性の猫がリンパ腫を発症する危険性は約60倍,「猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)」が陽性の猫は5倍,両方が陽性の猫では80倍と言われています.
また,2002年にはタバコの受動喫煙(家庭内でタバコの煙に曝露されてる)によって猫のリンパ腫の発生リスクを増大させる可能性を示した論文がアメリカで発表されています.
猫のリンパ腫は発生部位によって,消化器型,縦隔型,多中心型,節外型に大別されます.
猫のリンパ腫では最も発生の多いタイプで,腸管と腸間膜リンパ節が侵されるリンパ腫です.高齢の猫での発生が多く(10〜12歳),B細胞リンパ球由来と言われています.縦隔型,多中心型,節外型などのタイプのリンパ腫に比べると「猫白血病ウイルス感染症」の感染率は非常に少ないと思われます.症状は,食欲不振,体重減少,腹部の腫瘤(しこり)などです.多くの症例において,小腸の腫瘤(消化管が腫瘍化して肥厚した状態)に加えて腸間膜リンパ節が侵されて腫れ上がったり,外科的切除が不可能なほどに多発性の癒着を消化管に生じさせます.
診断は腹部の触診,レントゲン検査,超音波検査などで腹腔内の消化管腫瘤やリンパ節の腫大を確認して,麻酔をかけ,探査的開腹術でのバイオプシー(原因を探す目的で行う開腹手術で病変部の一部を採材すること)や腹部の腫瘤が大きければ皮膚から針を刺しての細胞診で行います.
消化器型リンパ腫で,リンパ腫の腫瘤によって消化管閉塞している(腸管が詰まっている状態)時には,外科的にその部位を切除した後に化学療法を実施する場合と,手術せずに最初から化学療法のみで治療する場合があります.どちらの場合でも寛解期間(腫瘍症状が消失している期間)に差はないと報告されています.
縦隔型リンパ腫は若い猫(平均発症年齢は2〜3歳)に多く,T細胞リンパ球由来と言われています.約80%のものが「猫白血病ウイルス感染症」に感染しています.
症状は心臓の前方に位置する縦隔リンパ節が腫れることによって肺が圧迫され,呼吸困難の症状が現れます.病気が進行すると縦隔リンパ節がさらに大きくなり胸腔内を占拠したり,胸水が貯まることによってさらに呼吸困難を悪化させます.無治療の場合には数週間から100日前後で死亡します.診断は胸部レントゲン検査や超音波検査によって,心臓前方の腫瘤を確認し,腫瘤や胸水の細胞診で腫瘍細胞を確認することで行います.
「猫白血病ウイルス感染症」に感染している猫の場合は,寛解率は50〜75%で,生存期間の平均は4〜6ヶ月と報告されています.
体表のリンパ節が腫れ,同時に肝臓や脾臓にリンパ腫が発生するタイプのリンパ腫です.「猫白血病ウイルス感染症」または「猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)」のどちらかに感染していることが多いと言われています.症状は全身性のリンパ節腫大による障害よりも,腫瘍の進行に伴う骨髄浸潤(骨髄内で腫瘍細胞が増え,血液異常を引き起こす)や肝臓・脾臓の腫大による障害が多いです.
節外型リンパ腫とは上記3つに属さないリンパ腫のグループです.発生部位としては,腎臓,眼,鼻腔,皮膚,神経系などがあります.発生数は少なく,それぞれの発生部位によって症状も様々です.
リンパ腫の治療の基本は各種抗癌剤を使った「化学療法」と言われる内科的治療法です.犬のリンパ腫と同じように何種類もの人の抗癌剤が治療に用いられています.抗癌剤には,腫瘍に対して非常に効果がある反面,副作用のリスクも高い薬,逆に腫瘍に対しては充分に効果的とは言えないが,副作用のリスクが低い薬などいろいろなものがあります.リンパ腫に対して積極的に治療する場合は,これらの抗癌剤の中で腫瘍をやっつける作用が異なり,副作用の発生場所の異なる薬を複数使う「多剤併用療法」が主流となっています.
治療成績はリンパ腫のタイプや実施する化学療法の種類によっても異なります.しかし,「猫白血病ウイルス感染症」や「猫免疫不全ウイルス感染症(猫エイズ)」にかかっている猫の症例では,化学療法に対する反応が悪かったり,一時的に化学法で寛解(リンパ腫の症状が消失する状態)してもすぐに再発したりします.そのため,これらの症例では最終的な生存期間は短くなります.
以下に当院で使っている猫のリンパ腫の化学療法の種類を示します.
これらの化学療法で一時的に良くなって,その後リンパ腫が再発した場合でも,それぞれの症例に応じた治療法を選択して,諦めずに治療を継続することが大切です. 当院では,何らかの理由で積極的な化学療法を受けられない場合にも,ステロイドを中心としたお薬を与えることで一般状態を良好に保つことを目的とした治療や,抗腫瘍効果の期待できるサプリメント療法など,それぞれの症例とご家族の事情に合わせた治療法を提案し実施しています.